仲村一男のエッセー

 

永い間、牛の頭をほしいほしいと思つて居た。家にみえる絵描きさん達と、そんな話をして居ると其の内の一人で女流画家のKさんは、それなら手に這入るかも知れ無いから話してみようと云つて呉れ、まさかと思つて居ると、二三日目に今から屠殺場へつれて行つてもらうから一緒に行か無いかと、バタバタで家へ寄つて下さつた。
私は其の頃歯医者さんへ治療に通つて居たので行けなかつたが、昼前帰宅すると、大きな牛頭が二つも裏の黒土の上に据えて有つた。血肉がついて居て、バーミリオン一色の形が、とても美しく、あまり、嬉しいので暫く其のまま眺める。さて何うすれば早く骨だけに成るかと、お医者さんや薬屋さん方に聞いて廻る。煮る事が一番良かろうとの話。角が両がわへ、ぐつと大きく張つて、とても見事で、そんな大きな釜は無いし、色々と考えてみたが、結局五ヶ月程地に埋めて置けば良いと知人の画家に聞いたので、其の様にした。百号に下塗は続けて居るが、早く描きたくて毎日埋土を眺めて居る。
其の間に家内は病気をしたり、子供はハシカにかかつたりしたが、近所の奥様など気にして家内にそれと無く、そつと話して居たそうだ。此頃又、カラスも飼いたいと思つて居るが、牛の頭やカラスなど益々近所の人が気にする事だろう、頭を戴いてから、もう二ヶ月程になるが家内は未だに牛肉を買つて来て呉れ無い、困つたものだ。

 

※「関西独立目録」(1957)


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