仲村一男のエッセー

 

マドリードから五十キロほど離れたところに教会の多いトレドの丘がある。真夏の八月、そこにしばらく滞在していたら隣のホテルに、闘牛士が泊っていた。土曜日を待ちかねてさっそく闘牛場に出かけた。闘牛は四時すぎから夜の八時半ごろまでつづいた。その間目かくしをしたピカドールの牛が何度も倒されるが、ときには闘牛士も二、三メートルも高く飛ばされることもある。顔を蒼白にして立上ってくるが、さすがに最後まで戦い、とうとう牛を突きさしてしまう。その日は運よくいちばん前の席が手に入り、おまけに有名な闘牛士マニエルの出場も観られた。私のそばの見物客など闘牛の英雄にサインをねだったり、さかんに声援を送っていた。夢にまでみた念願の闘牛に感激しつづけで、一生の思い出として私の心に深く刻みつけられた。

 

※現代評論社「現代の眼」(昭和43年3月号)

 

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