仲村一男のエッセー

 

南海の岸和田駅で下車して、広い商店街通りを行くと港まで一直線である。街は歳末で、軒並にたてた旗や、ノボリが浜から吹いてくる潮風にぱたぱたと音をたて、とても壮観です。街の中ほどまで来ると、もう港の帆柱が見え、道の両側には船乗り相手の酒場や、船具などを売る店がぽつぽつ目立って来る。石炭やタキギを積んだトラックや三輪車が盛んに港から上って来るのに出会う。青い寒空に石炭の山がいくつも高くとがって、クレーンが盛んに動く。この港から荷上げした石炭や炭などは、泉州一帯、泉大津から泉佐野辺へ行くそうです。
私は港が好きで、よく描いたものです。石炭船、炭船、材木を積んだ船、ロープ船、きんちゃく、うたせ、釣舟など船もいろいろで、その機械の音や人の叫び声で港独特の騒音です。港まで出ると、突きあたりに小さい開運稲荷があり、道はふたつに分れているが、右へ行くと新しい港ができて、魚市場と青果市場が向き合っている。正月の品々もここから運ばれることでしょう。そのまま突き切って行くと、浜側に税関や油会社や、いたるところ石炭の山々です。他所で見られないレンガ工場も、道に沿っていくつもある。レンガづくりの工場で働いている人達は、冬でも裸で平気です。
港のはずれに長い長い突堤があるが、先に赤い灯台があって、年中釣人が糸をたれています。今は寒ぼらの季節で、にぎわっています。岸和田市はもともと城下町で、街の真中をはしる小さいせせらぎが港へ流れ込んでおり、両岸の柳は季節季節の美しさを伝えます。蛸地蔵という大きなお堂が、浜近くにあるが、昔何百年か前、戦いの折、味方の旗色がわるくなった。これを知った大ぜいのタコが海から上って来て敵を追いやり、殿様から金の紋をもらったとかいう伝説がある。泉州のタコには金の紋がついていて、地方では珍重がられています。数年前に、お城も再建されて、花見時分や秋祭には、近郷から沢山の見物人がくりだして来ます。

 

※「朝日新聞・朝刊」昭和32年12月

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